ただただすべてを・4

「先出るぞー」
 さっさと会計を済ませ、土方は店を出ると煙草に火を点けた。
「おいっす。お待たせー」
 そんな事を言いながら肩を並べ、またふらふらと日向の土手を目指す。
「この辺でいいだろ」
 言って近藤がさっさと日向の土手に坐る。土方もそれに習い、土と草と、どこか埃っぽい春の日差しの香りを吸いながら、やや坂が緩やかになった近藤の隣に坐り込んだ。
「溶けるから先食って」
 バニラといちごどっちがいい? ってか俺バニラ気分なんだけどトシいちごでいいかなァ。そんな事を言う近藤に「じゃあ聞くなよ」と笑いながらもアイスを受け取り「俺の分も買ったの?」と土方が言えば、近藤は「うん。いちごも後で一口頂戴」と笑った。
 一口じゃなくて全部食やいいのに。そう思いながらも、そんな他愛のない事に少しだけ嬉しくなる。
「お妙さんが好きなんだ」
 唐突な言葉に土方は、不意を突かれて近藤を見る。
「いや、このアイスね」
 近藤は、いっつもこれ持って行くんだよと楽しそうに顔を綻ばせていた。
「俺は追い出されんだけどコイツは受け取るから。ずっとお妙さんと一緒なんていいよなァ」
 どこまで本気で言っているのか、そんな近藤を見ていると、急に景色までも色褪せる。
 ……またかよ。お妙お妙ってうるせェ。
 ほのぼのといい気分に浸っていたところに水を差された土方は、あーこんな時煙草って便利、と自嘲しながら大きく息を限界まで吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。
 火を消し、アイスの蓋を開けると、そこに遠慮なくマヨネーズを捻り出す。
「あっ……」
 もうそれトシ以外食えねェよ、と近藤がしょぼくれた。
 うっさいうっさいうっさい。バーカ。ゴリラ。でもまァ。あーアイスにマヨって結構イケるなさすがマヨ万能選手。
 天気がよくて気分がいいのと、仕方ねェ事は別だよな。
 今に始まった訳でもない近藤の女好きに付き合っていたら堪らないと、土方はもやもやした意識に蓋をし、とりあえず目の前からなくなれとばかりにアイスを食べ尽くす。
 ペットボトルのお茶を飲みながら、それでも、つい溜息が零れた。
 近藤を好きで、面倒になる。好きでいる自分にうんざりする。好きが溜まりすぎて友愛を超えてもっと……こう。
 どうにもならない事を思い続ける自分はバカで間抜けでいっそ可哀想で、なんて客観視してみても、結局は、どうしても近藤を好きだと思う。
 なんかもう、呪われてんのか? 
「トシ、あーん」
 暢気にバニラアイスを乗せたスプーンを差し出す近藤を、土方が横目で睨む。
「いらね」
「いいから。あーんしろって。うまいよ」
 ああそうそりゃ結構だな。そこにもマヨぶち込んでやろうか。
「ほれほれ」
 うるせェ。うまいならアンタ自分で食やいいだろが。呪いの元凶め。
 それでも仕方がないなと開いた口に、アイスを突っ込まれた。
「バニラもいいけどミルクもいいよなァ」
 どっちでも一緒だそんなモン。適当な言葉で毒吐きながらも気恥ずかしさと、そんな自分の青臭さにも腹が立ち、土方は買っておいた自分の分の団子にも、これでもかとマヨネーズをぶちまけ頬張る。
「……とっとと仕立屋回るぞ」
「ちょっとそれお団子泣いてるから! お団子が泣かないならお団子屋さんが泣くから、ってかもう俺が泣きそうだから! ついでに俺まだこの後バナナゆっくり食いたいんですけどォ! アイスもまだなんですけどォ!」
「知るか。さっさと食え。いつまでもサボってんじゃねェ」
 やかましく騒ぎ立てる割りに笑顔の近藤につられ、鼻で笑いながら煙草を咥えると、土方は、多少汚れようが知った事かとその場に寝転んだ。
 煙草を咥え、宙に手を伸ばすと真っ赤な血管が透けて見える。
 空は青くて雲は白くて、あーもー堪んねーな。この煙も雲になんねーかな。
 土方はぼんやり、どうでもいい事を思い浮かべ、そんな自分をバカみたいだと小さく笑った。




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