怖じ気付く道義的野蛮人・2

 近藤さんに、どこが好きだと言い募っても仕方ねェ。諦めろと自分に言い聞かせる位意味がねェ。
 諦められるものなら、元から惚れたりしなかった。
 離れる事もできねェくせに、諦めてるつもりで納得した振りして、アンタに抱いて欲しいとかそんな大それた事ァ望まないから、なァ、思う位いいだろって、アンタを欺いてる訳じゃねェ、黙ってるのと騙すのは違うだろって自分の中で言い訳して、なんでこんな思いが寝ても醒めても続くんだって苦しくて辛くって、それでもアンタが俺を呼ぶ声に胸高鳴らせて差し出される腕が嬉しくて、今日はアンタがこうした、こう言った、そんなつまらない事が大事で仕方なくて自分の恋狂いを認めねェ訳にはいかなかった。
 だから、彼女が俺に惚れてんのかなって思った時は、可哀想にって思ったんだ。
 俺の事なんか考えて、胸が苦しかったり眠れなかったりすんのかなって。
 どんな風に俺を好きかなんて知らねーけど、じゃあ俺が話しかけたり笑いかけたら、この女は喜ぶのかなって思った。
 そう考えたら俺は彼女に優しい気持ちになった。同情だと思う。よく恋愛に同情なんて失礼だっていうけどしょうがないんだ。おれも同じ、叶わない恋をしてたんだから。彼女は俺にとって、片恋の同士だったんだ。
 彼女が頬を染めて、楽しそうに笑って話す姿は好きだった。俺なんかの一挙一動で、俺があの人の、近藤さんの所作のいちいちに舞い上がったり落ち込んだりするような、そんな気持ちになってんのかなって思ったら、よかったねって彼女に思う。
 よかったね、俺が察しがよくて、とか、思う。
 近藤さんは俺の感情なんざ気付かないだろうから。気付かれたりしちゃ堪んねェし俺が好きで隠してんだけど。
 その気になりゃ結果がどうあれ告白でもなんでもできるんだな、と思えば彼女が羨ましくなる。俺は彼女と付き合うなんてそーゆーの無理だから、俺に惚れてる限り幸せになんてなれねーけど、そんでも例えば俺に振られたって誰かに愚痴る事もできるだろうし、俺に惚れたからって事だけで非難されたりはしねェんだなって、そういうのいいなと思う。
 羨望は妬心にこそならなかったが、機嫌や気分によって冷たくしたりする事はあった。
 俺の事が好きなんて、何見て言ってんの、俺の何を知ってんのって苛付いて、それから近藤さんも俺に対してそう思うんだろうかと想像して落ち込む。彼女のしょげた顔を見て、俺も近藤さんに対してあんな顔してんのかと思う。
 惚れられているという絶対的優位に溺れそうになる。彼女の喜怒哀楽を手中に収める責任の重さには目をつぶって、まるで自分が偉くなったような錯覚を起こす。その自分の感情の醜さにうんざりして彼女を突き放す。もしくは罪滅ぼしのように優しくする。
 その内もう、恋愛なんざ真っ平だと投げやりになる。いっそ俺を彼女にくれてやりたいと思う。
 俺が、彼女に惚れる事ができればよかったのに。
 それが彼女に対する精一杯の素直な感情だった。
 近藤さんに殊更俺が嫌われているとは思わない。けれど、近藤さんに惚れられているとも思えない。だから多分、近藤さんも、俺の気持ちを知ったとしてもこんな気持ちになるのかなと思った。
 俺が、アンタを嫌いになりてェ、思い切りてェって思うのが無理みたいに、優しいアンタは、俺に惚れる事ができたらと悩むんだろうな。
 だから、なァ。俺は言わねェよ近藤さん。アンタに、好きだって、惚れてるって言うのは止しにしといてやるよ。俺だって優しいだろう? アンタを困らせたくないんだ。
 言って、側にいらんなくなるのも恐いけど、時々はいっそ殺してくれってヤケ起こして思い詰めて、優しいアンタの同情に縋りてェって、俺の思いの何分の一かでいいよ受け止めてくれよ、それが無理なら俺からはできねーんだアンタが切り捨ててくれよ、引導渡してくれよってアンタへの激情をぶちまけたくなっちまうけど。
 言わねェのは、迷惑かけたくないから。




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