怖じ気付く道義的野蛮人・3

 俺は近藤さんに対してそう思っていたから、彼女に言われた時は驚いた。
「みんな江戸で一旗あげるって本当?」
 道場へ差し入れを持ってきた彼女を、近藤さんに言われ送った先で言われた言葉に、耳が早いなと少なからず動転した。そのせいで当然のような事を訊いていた。
「……誰から聞いた」
「そーちゃんが……昨日、意気揚々と」
「あのバカ」
 特別武装警察募集、という触書に応募する気でいたのは確かだが、アイツは「試験に合格するまで姉上に江戸行きは内緒でさァ」なんて言ってたんじゃないのか。何が一旗あげるだ。まだそんな段階じゃねェだろ。そう思って俺はむっと口を噤んだ。その時は何だよアイツ、でもそうか、二人暮らしだ言わねェ訳にゃ行かねェだろなだとか近藤さんにも言えって言われてたよなってのから、あァ明日は江戸で剣術の試験かどんな奴がくるんだ楽しみだってそんな事で頭が一杯になってた。だから「連れていって」と言われた時も、咄嗟には何を言われているのかも判らなかった。
 彼女はその後も何やらごちゃごちゃ呟いていたが、混乱して頭に入らない。
 何言ってんだ。誰に言ってんだ。なんで俺に言うんだ。
「それに……私みんなの……」
 総悟でも、なんなら近藤さんでもいい。言う相手が違うだろう。アンタがそれを言うのが何で俺なんだ。
 聞きたくねェ。言うな。頼むから。次の言葉が聞きたくなくて、俺は内心、自分でも不思議な程酷く臆し、平静を失っていた。
「十四郎さんの側にいたい」
 それが突きつけられた現実だった。彼女に、俺が好意があると誤解させたか。今までなら好きだ惚れたと言葉にする前に、そんな空気にならねェように断ち切っていたものを。油断した。言われちまった。遂に言わせる不覚を取っちまった。俺にそれを言えばどうにかなると思ったのか。俺が、俺なら自分をこの世界から連れ出すと思ったのか。それ程過剰に期待させちまってたのか。
 俺は近藤さんに言わなかった。近藤さんにそんな負担は押し付けなかった。彼女は叶わない恋の仲間で、なのになんでここで答えを聞こうとするんだ。俺だって近藤さんの側にいたいさ。だから俺は行く。連れて行って貰うんじゃない。テメーの足で、這ってでも行く。どこだって行く。
 可能性があると思ったのか。俺が男でアンタが女だからか。俺の優しさなんざ所詮気まぐれの微々たるモンで、それをどう履き違えちまったんだ。なんで俺にそんな事言うんだ。
「しらねーよ」
 何か言わなければ。考えるより先に口をついたのはそんな言葉だった。




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