青空の人・5

「そーちゃんを頼みます」
 言って自分に微笑む姿を見れば、近藤にとっては十分惚れるに値した。
 それでもミツバの言葉が耳について離れなかったのは、近藤自身が後悔していたからだ。
「目の前、だったんですね」
 俺が人を斬る事で、総悟に見えねェ傷を付け、それが時折りの夜泣きなり発熱なりに繋がって、俺は総悟を守るからと、アナタの事も守るからと言いかけて言えずにミツバ殿とは距離ができた。嫌いになったとかそういうんじゃない。ただ、何か腫れ物に触るように慎重に、言葉を選び、当時の事を口にしないよう意識している内に距離ができた。
 多分それは、俺から作った距離だったんだと思う。
 弟の命の恩人に好意を寄せられちゃ、それを跳ね除けられる人ではないだろう。そう思いどこか遠慮していた。
 暫くして、道場に当時を知らない土方が居着くようになれば、口の端に上る心配はほぼなくなった。
 ある日ふらりと迷い込んできたような、この見目のいい暴れ者を見つめる、ミツバの視線にほっとした事を覚えている。
 見ている方が焦れったくなる、土方とミツバの取り合わせに沖田はキーキー騒いで邪魔をしていた。
 その様にいつも近藤は笑う。
 総悟はあれで素直な正直者だから。
 土方の気性は判っている。この男に無理強いは逆効果だ。
 目を眇め、近藤はもう一人の天邪鬼な正直者に目をやった。
「そんでも、特別武装警察ってのに、アンタはあのヤローも誘うのかよ」
 寒さで鼻の頭を赤くしながら、土方が澄んだ瞳をくるくると輝かせながら訊ねる。
 普段はさすがにもう思い出しもしないが、帯刀しての不逞浪士取り締まりと聞けば今後人を斬るという事もあるのだろう。
 それがどうした。そう言い切るのに経験値が足りない事は自覚している。
 それがどうした。まだまだそれは強がり以上の意味を持たない。それでも繰り返し思う。胸中で唱える。自分を励ますように、感情に突き動かされるように。
 それがどうした。
 恐怖より強い思いがある。
 江戸に殊更思い入れがある訳ではないが、自身の両親や周囲の人々が攘夷戦争で死んだ。
 敵だった天人達が幕府を取り込み、賛否両論はあるが町を開発し発展させるのに対し、自分達の為、民衆の為だと氾濫を起こした攘夷志士は、散り散りとなり帰る故郷も失くし、職にあぶれ、当初の志も忘れくだを巻いている。
 どちらが悪いというよりも、やっと戦が終わったというのに、今だに攘夷志士でございと商家を襲い、正義面して一般人を破壊活動に巻き込む輩が許せなかった。
 江戸者からすれば田舎だ芋道場だと言われるこの土地にいてさえ、未だ連日のように攘夷派を名乗る者どもの乱暴狼藉が伝わってくる。
 最近のありゃァ攘夷じゃねェ、戦の鬱憤を弱い者を叩く事で晴らしてやがるんだと常々苦く思っていた。
 自分にも何かできるかも知れない。
 幸いな事に頑丈で、体力には自信がある。腕前を見せろと言われれば、披露して恥ずかしくないだけの修練を積んできた。
 それは、目の前にいるこの男にも、一番弟子の沖田にも当然当て嵌る。




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