青空の人・6

「くるかどうかはアイツ次第だ」
 沖田は強くなった。
 居並ぶ年上の門弟達を置いてくるように上達した。剣の筋にかけちゃ天性のものがあると近藤が見込んだ土方ですら沖田と試合えば三本に一本取らせて貰えるかどうかだ。
 沖田はあの後もう一度、しっかりと自分で「行く」と言った。武州を出て江戸へ行く、近藤とともに行くと言った。
「刀でメシが食えるなんて最高じゃァねェですかィ。悪い奴を切り捨て御免なんざ腕が鳴るぜィ」
「切り捨て御免な訳がねーだろ、基本は捕縛って言ってたぜ」
「マジでか」
 過去を沖田がどう覚えているのかなんて判らない。それでも今そうして笑い、強くなったその少年が、剣に生きたいと、腕を試したいと言う。
 刀を持たずに生きていくのは、なんと平穏な事だろう。斬り合いがしたい訳ではないが、唯一の取り得が役立つのならその道で生きてみたい。
 これが夢って奴か。
 廃刀令で道場の運営ができねェ、それだけが理由じゃねェ。
 自分から他人を住まわせておいて随分勝手な話だが、皆を捨てる事になろうとも、一人でも行く気になっていた。
 その為に放り出すには惜しい仲間達だったが、お前らだって自分の人生、選びたいだろうと思う。
 行くと言う奴だけ連れて行く。
 ただ、土方に関してだけは、お前も行くんだろうと近藤は確信していた。
 剣で食えりゃァいいと、互いに希望や不安を話した事はある。だが特に江戸で一旗上げようだと話した訳ではない。が、廃刀令この方、道場で自分の次に落ち込み、それでも腐らず剣術の稽古を繰り返していたこの男なら。
 触書を見た時に、嬉しくて真っ先に浮かんだのは、土方の顔だった。早く教えてやりたくて仕方なかった。この男なら自分と同じように喜ぶと疑わなかった。
 事実、その通りになった。心強い。
 一番どうするかと悩ませた顔は、沖田のものだった。その沖田も行くと言うのだ。ならば迷う事など一つもない。
 近藤はようやく表情を緩め、土方を見た。
 お前はこんな、デケェ博打みてーな話、好きだろ?
「総悟は、ありゃァ俺が連れて行く。アイツが俺に付いてくるって言う限り、俺ァアイツを連れてどこまでだってお日サン探して歩いてやる。アイツにはいつだって太陽拝ませてやる」
 もう決めてんだ。それが俺のわがままだよ、と近藤は目に強い光を宿す。
 ふん、と土方は笑うと「面白ェ」と呟いた。帯に挟んだ莨入を取り出し、慣れた手付きで煙管に刻み煙草を詰める。
「太陽か」
 呟くと土方は襟巻きを下げ、視線を空へ向けた。
「冬の太陽、ちっちゃくね?」
 場の空気を軽くするよう、わざとからかう声でこちらを流し見る土方に、近藤はふんと鼻を鳴らして拳を握る。
「冬でも! なんなら夜でも! 探すったら探す! 見えなくたってなくなる訳じゃねーんだから!」
 何張り切ってんだと声を出して笑いながら、土方が空に煙を吐き出した。
「冬でも、お日サンありゃァ明るいし暖かいもんな」
 きらきらした清澄な空に流れる紫煙を、楽しげに暫く眺めていた土方は、口元を不敵に歪ませる。
「俺も行く。俺もその、アンタの言う太陽を捕まえてやる」
 アンタの見るモンが見てェな。いい事も悪い事も全部。
 言って目を細める土方につられたように、近藤も笑った。
「お前は、まァ、そういうと思ってた」
 少し照れた声で、新たに草を千切っては、ふぅと息を吐きかけ掌から葉を飛ばす近藤に、土方が吸い差しの煙管を向けるが、近藤は首を横に振り笑顔のままで断った。
「当たり前だ。俺から剣を取って何があるよ」
 目を輝かせ心を弾ませる土方に、近藤は顔中に笑みを浮かべる。
「喧嘩じゃねェんだ。仕事だぞ」
 なんとしても剣で食う。決意はあれど手段が判らずにいた。そんな時に振って沸いた、この機会を逃す訳にゃァいかねェだろうと近藤は大きく一つ伸びをし、冷たく晴れ渡った空を仰ぎ見た。




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