罪を数え 量り 罰を与える・4


 ある日、城から戻るとやけに屯所がガランとしている。
 今日は梅雨の合間、晴天に恵まれた一日だった。長くなった陽がまだまだ明るい。梅雨明け宣言こそ出ていないものの季節は確実に夏へと入っている。僕はやがて来る夏本番のうんざりする熱を想像し、辟易しながら自室で上着を脱いだ。重く分厚いこの上着の内部には、細い防弾の鎖が編み込まれている。おいそれと代わりはなかった。壁に掛けた上着に消臭スプレーをかけ、会議場で散々吸い込んだ、煙草と汗の臭いを誤魔化す。
 暑いのは大の苦手だが、それでもあの食えない魍魎の集う会議場の冷房で締め切った、虚飾と空論で充満した世界より、少なくともここは健全だ。
 額に滲んだ汗を流そうと手洗いへ行けば、中庭から賑やかな音がした。つられるままに首を伸ばすと、果たして離れの道場から一段と強い熱気が伝わってくる。
「これは一体?」
 僕は今の自分と同じ、ベスト姿で腕捲くりをして外に立ち、格子窓越しに中を覗き込んでいる土方を見つけて近付いた。一人道場の外にいた土方は、こちらを一瞥すると挨拶もないまま視線を中へ戻し、顎をしゃくる。
「近藤さんが稽古付けてんだよ」
 もとより無愛想な男だが、今日はそれでも珍しく機嫌がいい。一緒になって窓から覗くと、丁度近藤は退いたところで、中央には代わって沖田が出てきていた。
 研鑽する過去を思い出すような、小さな建物の中から溢れる、むっとした空気にあてられるだけでのぼせそうだ。
「君はしないのかい?」
 稽古着すら着けていないのが不思議で尋ねると、土方は愉快そうに「俺ァ指導できる程強かねェんだ」と笑う。その顔が妙に晴れやかで、からかわれているのかと僕は多少むっとした。
「それにホラ、中、禁煙だから」
 道場を指差し笑う手元には確かに相変わらず、トレードマークのように煙草がある。と、土方が屯所のところどころに置いてある、軒下の消化バケツへ煙草を投げ込んだ。
「おー先生、おかえんなさい」
 防具を外した近藤が僕の姿に気付き、首に掛けた手拭いで額の汗を拭いながら出入り口から現れた。道場の中からは激しい竹刀の音と沖田の飄々とした声が声がする。
「雑魚じゃ話にならねェ、五人ずつかかってこいやァ!」
 乱暴な言い種にも少しは慣れたが呆れたものだ。その場にいた三人して道場を振り返り、それぞれに嘆息を漏らしつつ苦笑していると近藤が「たまには先生もどうですか」と誘いを向けてくる。
「僕のはいわゆる道場剣法でね。とても実戦には向かないんだ」
 僕はその場しのぎの逃げ口上を、悪びれもせず言ってやった。
 近藤自身は表立って言わないが、土方や沖田がよく口にする、皮肉めいた言葉をそのまま引用している。
 確かに僕の仕事場は現場中心ではなかったが、攘夷過激派と切り結んだ事もある。だが今は稽古着に着替えるのすら億劫で、そんな風にとぼけておいた。
 以前に隊士達とは何度もこの道場で手合わせをした。しかし近藤は勿論、幹部の者相手に対戦はしていない。
 僕にも近藤と試合ってみたい気がない訳ではない。実際、道場試合でなら負ける気はしない。近藤の剣は豪胆だが速さでなら僕が上だ。だが、時期尚早。もっと内部深くに食い込んで、それからなら近藤のような単純な男が唯一頼みとする力の部分を見せ付ける事に、今以上の効果がある。
「でも」
「それより近藤さん。先日話した予算案、通りそうだよ」
 食い下がろうとする近藤にそう言うと、案の定顔を輝かせる。



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