罪を数え 量り 罰を与える・6



 その後意識すれば見えてきたものがある。
 朝礼後、近藤の上着の裾が、背後から見ればおかしな具合に捲くれ上がっていた。何という事もない。
「近藤さん」
 声をかけそれを直した土方と近藤の眼差しが、瞬間絡んだ。
「サンキュ」
 それが、どれ程の事だと言うのか。いつもの事だ。なのにそこには情を交わした者同士のような、慣れ合いの雰囲気があった。
 その奇矯な思考に、すぐさま自分でぞっとする。
 まさか。いくらなんでもそれは。
 あの二人が抱き合う姿が一閃、脳裏に浮かぶ。気持ちが悪い。必死で打ち消す。ありえない。近藤は女狂いで、だがそういえば土方には女の影がない。しかしそれだけで。確かに似合いの二人だが。それだけで? まさか。違う。全体どこが似合いだ。気持ち悪い。
 近藤が土方を見る、目に尊大な色はなかったか。土方が近藤の上着を掴む指先に含まれていたのは、媚ではなかったか。あの二人の絶対的な自信と信頼は、そこからくるものか。あの二人に纏わり付く異質に歪んだ空気の正体はそれか。
 他者に、お前と自分達は違うと閉ざされた世界を突き付けるような。
 女が、体を重ねた途端にこちらを見透かした事を言うような、僕にすら判らない僕の事を知っているとでも言いたげな、浅はかで愚図で短慮な、あのぬめった自信!
 気色の悪い。
 死ねばいいのに。
 勘違いだ。悪い冗談だ。理性はそう言っている。何を見た訳でもない。確証はない。なのに何故か腑に落ちる。そう考えれば辻褄が合う。土方のような知恵者が、近藤を立てる理由。そして近藤が、間抜け面を晒しながらも、のうのうと局長でございとそのポストに治まっている拠り所。
 闇で体を合わせ、世間を欺き、周囲を笑い、息を殺しのたうつか。
 その、閉ざされた、爛れた世界。
 消えてしまえ。
 下らない妄想だ。
 そう思いながらも僕の中にはくっきりと、今までとは違う、二人に対する生理的嫌悪が刻まれた。


「真選組参謀、伊東鴨太郎殿でござるか」
 声をかけられたのは幕府要人と訪れた接待の料亭だった。手水を使った帰り、仲居に呼ばれた隅の部屋だった。
 もてなす側での事、酔っているつもりはなかったが「ご高名な伊東先生に拝したい」などと言われ多少気が緩んでいたのは否めない。
 その場にいたのは、有名な音楽プロデューサーだった。芸能界の男が何の用だと高を括った。以前にこの男のお抱えタレントが真選組のイメージキャラクターとやらを勤めたという話は聞いている。その折の話か。また別のタレントを使えというのか。幕府高官相手にべんちゃらを言うのに疲れて、ふと自分も愛想を言われる立場になりたかった。それだけの気の迷いだった。
 室内でもヘッドフォンとサングラスを外さない、その無礼さに一見して腹を立てたが、どうせ長居するつもりはない。
「ご用件は」
「一言ではとても。ただ、面白い歌があるでござるよ」
 そう言って、差し出した名刺の裏を見ろと促された。そこに書かれた名は高杉晋助。言わずと知れた、攘夷過激派の総大将だ。
「これは?」
 試されている。僕は座ったまま、眼鏡を上げる振りで小さく顔を覆いながら、全身の神経を研ぎ澄ませた。襖続きの隣室は勿論、床下、屋根裏、人の気配はない。今すぐここで僕をどうこうするつもりはないようだ。
「伝言でござる。明日夜、車を手配する。それにご乗車いただきたい」
 この男は何者だ。高杉との関係は。目を見せろ。何故僕に声をかけた。
 事実、高杉側の関係者である可能性はどれ程だろう。ただの使いとも思える。罠。マスコミの疑似餌。ここでいくら考えても判る筈がなかった。
 そんな、信憑性から怪しい、素性の判らない男の誘いに僕が乗ったのは、近藤という男への、強烈な不信だった。
 真選組を足掛かりに、政界へ。その思いが消えた訳ではなかったが、気分は腐っていた。
 二人の関係を邪推する、こんな事を下衆の勘繰りとでも思われては癪だと、僕寄りの隊士達にすら相談できない。
 確かめたくて僕の過剰な思い過ごしであればと祈った日々は、既に過去だ。
 間抜けなお飾りとはいえ、僕は近藤をそれなりに評価していたのだと、その感情にようやく自分で思い知った。
 僕と近藤の間に、何の約定があった訳でもない。どちらかといえば僕は近藤を利用する事しか考えていなかった。それでも近藤と土方の付き合いが本当に僕が想像した通りなら、それは、負だ。
 人すべてに必ずある、影の部分が、近藤にとっては土方で、土方にとっては近藤なのだ。
 僕は近藤の影の部分に、共感を抱くのではなく反発した。手酷い裏切りと感じた。それは僕の被害妄想の極み。手前勝手な呪い。特別があるなら既に平等じゃない。
 まるで僕は近藤に、一点の曇りもなく、僕の思い描くままの人であれと、どうか単純なだけのお人好しでいてくれと、廉価な願いを押し付けていたようだ。近藤に何を期待していたというのか。
 そんな自分の目を塞ぎ耳を塞ぎ、気が乱れていた。どうとでもなれと破れかぶれの思いがあった事は否めない。
 そうして呼び出された先で、僕は真の暗黒、高杉と顔を合わせた。






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