罪を数え 量り 罰を与える・7



「土方くん。ちょっといいかい」
 言って僕は副長である土方の部屋へ訪れた。
「どうした。珍しい」
 空気清浄機を付けていても、この男の部屋は相変わらず、うんざりする程の煙草の臭いが充満している。
「先日幕府方と同行した時に小耳に挟んだんだが」
 言いながら、僕は土方の様子を隠す事なく観察した。
 高杉の話は簡単だった。要約すれば「真選組を乗っ取れ」だ。それについては大きなお世話、言われるまでもない。
 だが僕はまだ、決めかねている。高杉がどれだけ何を調べたのか知らない。あの男は真選組に入隊以前、僕が交わった事のある攘夷志士の名を出していた。その不敵さは驚嘆に値する。今や幕府方特別警察、真選組の参謀となった僕へ、攘夷の巨悪が直接話を持ち込んでくるなんて。
 彼は僕の価値を知っている。危険を冒してでも本人が登場するよりなかったのだろう。それ程僕の名は攘夷派の連中にも知られているのだ。そう思えば自尊心がくすぐられた。
 高杉を捕らえたとなればどれだけの手柄となるか知れたものじゃない。立身出世は望みのままだ。しかし高杉との会談を、土方や近藤に悟られるのはまずかった。まだ隠しておきたい。僕にとって高杉は切り札だった。隊士の誰にもまだ秘密だ。
 自分だけの秘密。それは甘美だ。
 近藤と土方の二人も、互いに秘密だと言い合いながら、恍惚としているのだろうか。……汚らわしい。
「君はまるで、近藤さんの奥方のようだ」
 会話の途中、僕は試すつもりでそう言った。直截な言葉をどう聞いたか、土方は渋面を作り僕を見る。
「褒めているんだよ。素晴らしい。そんなに完璧に女房役が務まるのは土方くんだけだろうね。と、いうより、それでは本当の奥方が妬きそうだ」
 近藤の女好きを思い出させてやろうと当て擦る。
「別に。俺ァあの人の私生活まで面倒見る気はさらさらねェよ」
 下らないとでも言いたげに鼻から煙を吹きながら、土方が口の端を歪めた。馬鹿な話は承知の上だ。僕は君達の愚かさを知っているぞと脅してやりたいだけだ。
「そうなのかい? 君はいざとなれば近藤さんと心中する覚悟だと思っていたよ」
「心中」
 僕の言葉を繰り返した土方が、ぶはっと吹き出して笑った。珍しい。
「ないない、心中はない。心中ってお前……」
 楽しそうになおもくすくす笑った挙句、土方は新たな煙草に火を点ける。
「見込み違いだったかね」
 つられて唇に笑みを刷きながらも、笑われるのは愉快ではない。苛々する。
「当たり前だろ。どこの世界に大将殺す馬鹿がいるよ」
 そんなものいくらでもいる。謀反という言葉を知らないのか。君の近藤への傾倒振りは異常だ。君までが愚鈍を気取るか。
「ま、アンタが大将なら夜もオチオチ眠れねェだろうけどなァ」
 言うと土方は笑いながらもぎろりと目を剥いた。凶悪な顔をしている。その目を見ると、僕はふつふつと血が湧いた。やはりこの男には判るのかと、僕の野望を阻止できるかねと挑む気になる。
「それはどうだろう?」
 今度は僕に、世辞抜きの笑いが浮かんだ。僕もあんな風に、土方のような禍々しい顔になっているのかと思うと、自制したいが叶わない。それすら僕にはおかしくて仕方がない。
 土方という男はとても愉快だ。隊士達に疎ましがられても己の理論の為、法度を作り縛り付ける。そうして作り出す、秩序の世界。彼が純粋に真選組を大きくしたいという気持ちは判る。僕だってその気持ちは同じだ。ただ手段が違う。君のやり方はとても手ぬるい。それは近藤に遠慮した加減か。そこがこの男の限界か。
 近藤は僕の孕んだ危険性に、きっと気付いていまい。土方。君とて気付いたところで何もできはしない。それでも僕と争ってみせろ。察していながらじりじりと、真綿で首を絞められればいい。
 心中はしないと言い切ったなら、さあ近藤を守ってみせろ。
 僕の中にあった毒は、高杉という男の登場で、確実に濃度を高めていた。






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