夏はじめ・2

 切れた元結のこより紐が、揺らした髪から背後へ落ちる。拾おうと伸ばした土方の手に近藤の手が重なった。
「何だよ」
 土方が俯き加減で上目使いに目玉をぎょろりと動かせば、近藤は「うん」と気の抜けた声を出す。
「お前アレだな。男前だな!」
「はァ?」
「なるほどなァ。こーゆー顔がモテんだな。いや、悔しいけど判るわ、うん。俺も正直今ちょっと、グラッときた」
 言ってはははと笑った近藤が、土方の髪を指に絡め、彼の頭を両手で掴むように持った。
「離せよ」
 まじまじと顔を覗き込む近藤に、土方がつっけんどんな口調で返す。そのくせ抵抗する素振りも取らないのに調子をよくした近藤が、犬の腹をさするように土方の頭を撫でた。
「……男はねェなァ」
 力強さに軽く首をすくめながら、土方がぽつりと零す。
「何が?」
 手触りが気に入ったか、指先にくるくると土方の髪先を巻き付けては解きして、遊びながら近藤が尋ねた。その言葉に土方が、ふふんと笑って首を傾げる。揺れる髪にぼんやりと見入った様子の近藤に、土方が囁いた。
「男の場合も宿賃代わりに、アンタ、抱いてやろうか」
「はー?」
 耳朶に吹き込まれた熱い吐息が、うなじをぞくりと駆け抜ける。近藤は咄嗟に身を引いたが、油断していたところへ不意に色目を使われ、赤くなりながら耳を押さえた。
 ぐ、と歯を食い縛り土方を見れば、にやりと笑った悪い顔をしている。
「あぶねーあぶねー。危うく惑わされるトコだった」
 まだくすぐったいと耳を掻き、近藤は照れ隠しに笑ってみせた。その近藤の膝に、土方が、すっと手を置く。
「アンタ、格好いいなァ。そやって笑ってるトコなんて見とれちまうよ」
「え」
 上背を丸めた、切れ長の黒い双眸に下から覗き上げられた近藤が怯んだ。その様子に構いなく、土方は掠れた、どこか寂しげな声を出す。
「アンタみてェな男に惚れられるってなどんな気分だろうな。相手が羨ましいや」
 膝に置いた手が、小さく近藤の着物に縋るよう指を立てた。口元に薄い笑いを浮かべては目を伏せ、握った膝から引こうとする土方の腕を、思わず近藤が掴んで止める。
「こら、トシ」
 妙に不安定な切羽詰った声を出す近藤を、土方はじっと真顔で見つめ返した。
「……堕ちたか?」
「あん?」
 声音の変わった土方の呟きを、聞き返そうと近藤が身を乗り出す。
「ぐっときたかって聞いてんの。女なんざこうして囁きゃ、金使わねェでも堕ちンだろって言ってんだ」
 先程までの儚げな風情が一転、土方はふてぶてしく口の端を歪めた。
「お……おっ前なァ!」
 短く叫ぶと近藤は、握ったままでいた手をようやく気付いたと放り投げるよう振り解き、何事か言いたげに口を開いては閉じる。それ以上言葉が出ない。
 土方は狙い以上の反応に、堪らず声を出して笑った。
「冗談なんだな?」
 むうと膨れた近藤が唇を尖らせた。
「うん?」
「金貰って寝るだとか、冗談なんだな?」
 詰め寄る近藤の勢いに飲まれ、土方の顔から、ともすれば子供のように見える屈託のない笑みが消える。もの言いたげに近藤の目の奥を見つめた後、日の当たる庭へと視線を逸らせた。
「あァ。そりゃ……本当だけど」





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