光を待つミノタウロス・10

 顔が見てェとのっかったまま上体をちょっとだけ離したら、トシが眉をしかめて俺を窺っている。その目が驚いたように見開かれた。
「何泣いてんの?」
「あ?」
 言われて頬をこすったら、ホントだ、濡れてやがんの。さっきから頭がガンガン痛くって、まぶたが熱いとか気付かなかった。鼻の奥がツンとすんのは、鼻血でも出んのかとすすってたんだが。
 ふうっと深く呼吸して、とめようと意識して涙を堪える。一度拭いてしまうと、目から水がこぼれなくなった。
「トシ。……トシ。俺に、惚れてるって、言えよ」
 すがる声になった。情けねェ。格好悪ィ。そんな俺を、トシは目玉から頭ん中を覗こうってみてェにじっと見つめてくる。
「……言えば、どうなる?」
 警戒を浮かべたトシの、でこに、鼻ん頭に、俺は軽く唇を押し当てた。
「言えば、そうだな。俺をプレゼントだ」
 おどけて言えば、トシは「何ソレ」と小さく呟き、笑う。そうして、俺を抱き締めたと思えばごろりと体を転がされ、トシが俺の上に乗った形になった。
「近藤さん。俺は、アンタが好きだ。アンタに惚れてる。アンタが、好きだ。でも……そんだけだ。別に、いいんだ。アンタにも生活とかあるし、考えもあるんだろうし。いいから。聞けよ。俺は平気だし、アンタが俺をなかった事にしてェってのも無理はねェ。だから、」
 皆まで言わせず、俺はトシの背を抱く腕に力を込め、片手では逃がさないよう頭を掴まえて唇を貪る。
 これ以上離れてられねェ。傷つけたと許しを請い、言うべき言葉は、俺と地獄へ堕ちてくれ、だ。
「ふ、ぅ……っ」
 気が済むまで甘く柔らかで逃げ回る舌を吸うと、苦しいと身をよじるトシから俺は顔をようやく離した。
「トシ。……トシ。なァ。俺にまだ惚れてんならよ、頼むよ、俺のわがまま聞いてくれねェ?」
 互いに濡れた口元を手の甲で拭いながら、値踏みするような強い視線を絡ませる。
「言ってみろよ」
 呟くトシの赤い唇から、目を離せないまま、俺は願いを告げる為に口を開いた。


 




小説メニューへ戻る 戻る 続く