光を待つミノタウロス・9 「ふざけんな。どこの馬の骨かも判んねェ女に、お前の何が判るってんだ。ええ?」 トシの着物の胸座掴んで、不審気な色を浮かべる目の奥を、じっと覗き込む。 「意味判んねェよ。なんだよ。アンタがそうしろって言ったんだろうが」 呆れてんのか焦ってんのか、眉を寄せたトシの目がもっと見たくて、前髪をそっと撫で上げた。 そうして、でこ出してるとこはなんだか酷く若く見える。可愛い、と思う。 その顔を見ながら、なんで俺が可愛い、か弱い女じゃねェんだって、行き場のねェ怒りがまたぶり返す。 判った。 俺が、トシから身を引こうとした、本当の理由。 俺は、認められたかった。 俺がコイツを思う気持ちは、コイツが俺へ向けるのは、間違った感情じゃねェんだと。欲に突き動かされて体重ねるその時も、誰でもいい訳がねェ、トシだから俺は愛しく思うし、男同士だからって、この感情は決して汚かねェんだと、誰かに、俺じゃねェ、お前じゃねェ人に、認められたい。 悔しい。悔しい。トシと俺の間にある絶対的なものが、仲間だとかって言葉で語られるのが悔しい。 俺の中の、一番綺麗で、優しくて柔らかでピカピカしたトコにお前は住み着いて、なのにそれを懸命に隠して俺もお前も、ただ仲のいい同胞だって振りして、うんざりだ。 そんなもん、とっくにクソ食らえだ。 別れるかって言葉に出すでもなく気ィ回して、こっちをなじるでもねェ、あっさり身ィ引いてそれっきり俺との事をなかったみてェにするくらい、そのくらい俺に惚れているヤツが男で、俺が男で、それだけで、なんで世間に隠さなきゃいけねェのって。 理由も理屈も判っていたって、もういいやって俺ァ怒涛の中に飲み込まれる。 コイツに女を選ばせてやりてェ。そりゃ嘘じゃねェ。だけどそんな事、本当にしてみろ、許さねェ。 それとも、俺はトシにきっちり引導渡して欲しかったのかな。 トシが「アンタの事はもう追わねェよ」って言わねェ限り、まだまだ俺に気があるんだってうぬぼれてられんだろとか、そうやってほっとしたかったんだろとか、判ってるけど、でも、それだってすべてじゃねェ。 トシが俺を崇拝するみてェに惚れてんのから、逃げたかったのか。 時々は、そんなに完全な人間なんていねェんだって、俺はお前が思う程大層な人間じゃねェんだよって逃げたくなった事もある。けど、お前はその何倍も、俺を誇らしい気分にしてくれた。 お前が俺を見る目の色に、特別扱いされる事に、胸の奥をくすぐられた。 二人胸張って生きていこうぜって、何やってんだお前もこいよってトシの手ェ掴んで肩並べて歩くのが楽しかった。 トシを。コイツを、人様に後ろ指さされる地獄に突き落とすみてェな真似はいい加減にしねェとって。 トシの事があんまり好きで、大切で、俺は、見えてなかったんだ。 トシが欲しいのは地獄から救い出し放り出す腕じゃなく、きっと、地獄の果てでも離さねェって、お前と二人なら地獄もそんなに悪かねェなって掴まえる腕だ。お前だけ逃げろと言っちまうよりゃァ、きっとそっちが正解だ。 「トシ。悪ィ。全部、ナシにしてくれ」 抱きついたまま唸るみてェに言えば、トシはびくりと体を硬くした。 「違う、俺とお前じゃなくて、俺が、お前に言った事。女と付き合えだとか、それ、ナシにしてくれ」 「あァ?」 「殴っていいから。悪かった。殴っていいし、怒鳴ってくれていいからよ」 |