光を待つミノタウロス・8

 トシに、惚れるんじゃなかったと今更言っても仕方がねェ。そんな迷いはトシを抱く前に飲み込んだ。トシの熱も吐息も、褒めてやりゃあ変な拍子に妙に照れてそっぽ向くのも、トシからキスしてくれる時の優しい仕草も俺の髭を楽しそうに指先で引っ張って遊んでたのも、全部、抱いて、ひとつになったお陰で手に入れたもんだと思ってる。
 だから、俺たちの間にあった事全部、後悔なんてしねェ。
 傷ついた風情を見せねェようにって気ィ張ってる姿が愛しくて仕方ない。
「ア、アンタが、決めたんだろうが!」
 言ったトシの唇を、口付けで塞いだ。さっきみたいに激情に駆られた訳じゃなく、何度も何度も、唇をついばむように口を合わせる。
「離せ」
 言って開いた唇を、何度も唇で挟んでは囁く。
「うるせェ」
「離せよ」
「黙ってろ」
「もう、こんなのは、」
「トシ」
 口を重ねるとトシもつられたように口を緩めた。俺は舌で歯列を押し開く。
「ん、……くぅ」
 鼻を鳴らすトシの、逃げる舌を追って口内中を探りながら、トシの後頭部へ手を回した。
「触んなよ。なんだか知らねェけど、アンタ、終わりにしたいんだろ? 俺に、誰かと一緒になって欲しいんだろ?」
「ああ。いっぺんはな。思い切ろうともしたんだがよ。ああ、くそっ」
 切ない、胸だかなんだか、強くきつく絞り上げられるような感情に、目が回る。
 怒りは、俺自身に全部向かった。
 それでも今はキスがしたい。お前を抱いて腕ん中に閉じ込めて、足りねェって、もっと寄越せとお前を貪りたい。
「ん、なァ。な、ちょっ……聞け、よ……っ」
 深くなった口付けからようよう逃れると、トシは一度目を閉じ、快楽を逃がすように首を左右に振った。
「な。女。紹介しろよ。世話してくれんだろ? 誰でもいいや。俺ァ、その子を幸せにする」
 俺の目を覗き込んで諦めたみてェにして、何かを飲み込んだ風に微笑んでみせるトシの姿に、感情が揺さぶられた。
 トシが幸せにするってェなら、その子は幸せになるんだろ。祝福されて夫婦になって、誰もに胸張れる完璧に似合いの二人になって、そんで俺はそんなコイツが見たかったんだろうって。
 想像した途端に、相手も決まってねェ、見ず知らずの架空の女相手に唾棄するように嫉妬がわいた。




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