光を待つミノタウロス・7

「前も言ったろ? なァ、女、紹介してやろうか」
「それで? アンタと穴兄弟か?」
 言うとトシはこっちをギロリと睨んで小さく鼻を鳴らして笑った。その凶悪な面につられるように、俺も片眉を上げて苦笑する。
「不満かよ。ま、お前なら望みの女ァ手に入れられるだろうが、」
「近藤さん」
 調子に乗った俺の言葉をトシが遮る。そういや二人でいる時にコイツに名前呼ばれんなァあの晩以来、今がはじめてか。そんな事を考えていたらトシが軽く顎を上げ、目を細めた。
「女抱ける場所なら俺でも知ってる。なァアンタ、どうせなら男、世話してくれよ」
 次は俺が息を詰め、コイツを睨みつける番だった。
「……何言ってやがる」
 瞬間的にあんまり腹が立ったんで、声が酷くかすれる。トシは伏目がちな視線を俺から外して、唇を舐めた。
「アンタが怒る、意味が判んねェ」
 吐き捨てた声色に含まれてんのが、自嘲か怯えかすら判断できねェ。
「お前に判んねェ事なんてあんのかよ」
 手前勝手なドス黒い感情が頭を回る。立ち上がろうとするトシに、弾かれたように掴みかかり、のしかかった。
「男なんざ作ってみろ。……殺してやる」
 堪え切れずに俺の喉から言葉が溢れる。畳へ押し付けトシの髪を引っ掴み身動きできなくさせてから、その憎らしい口に噛み付くようなキスをした。
「っ、ざけ……っ」
 抵抗するトシの舌を散々吸って口ん中を無理やり犯すみてェなキスの最中も、逃げるなと、ただそれだけを祈っていた。
 逆切れして爆発しそうな怒りが快楽に出口を見つけようとよじれて、体中に血が、恐ろしい勢いで巡る。
「男が欲しい時ゃァ俺に言え。お前なら……抱いてやる」
 息を切らし、肩を揺らしながら、自分の口から出てきた言葉の下らなさに反吐が出る。これが精一杯の虚勢かとテメーでテメーにうんざりだ。
「へえ。そりゃまた、お優しい事で。だけどそれじゃあ、今までと変わりゃしねェじゃねェか」
 あふれた口元の唾液を手の甲で拭い、逃げられねェと悟ったトシは、下から、馬乗りに跨った俺の両頬を掴んで睨め上げた。
 俺はといえば言葉に思わず目を剥いて、何か言い返してやりたいと、けど、図星過ぎて言葉も出ねェと鼻の頭にしわを寄せる。
 トシは眉を寄せ、一度顔をしかめると、掴んだ俺の頭を、仰向いた形の自分の胸の辺りへと引っ張った。そのままぎゅうぎゅうと抱き締められて、俺は、体重かかって重いだろとか、今酷い言葉をぶつけあっただとか一気に忘れて、着物着てても抱かれると暖けェとか、トシにこうやって抱かれんなァいつ振りだって、うっとりしちまった。
 ずっと、こんな事がしたかった。それを俺が壊したんだって認めたくなくてどさくさ紛れにこうやって、口付けて抱き合えるように、怒りでも何でも気が昂れば、なんて浅ましい計算がどっかで働いたんだろうとは自分でも薄っすら理解していた。
 だから、続けて頭の上から聞こえてきたトシのセリフにゃ、驚いた。
「アンタに……命乞いはしねェさ」
 一転、穏やかでなんだか悲しい声色に、俺が慌てて頭を上げる。
「近藤さん」
 されるがままといった風情で、俺から外れた腕を畳へと投げ出したトシが、目を閉じ、眉間を寄せながらも淡々と言葉を紡いだ。
「なかった事にはならねェか?」
 そう言うトシの声は途切れ途切れに枯れていた。
「アンタとは普通の、ただの仕事仲間だって、ただ同郷だっただけだって、それだけには戻れねェか? ……無理だって、俺の面ァ見たくねェって言うんなら、構わねェ、排斥してくれ」
「お前にゃ、できんの?」
 閉じられたままの瞼を見つめながら、腹の底に硬いしこりができたみてェに苛々する。首筋がチリチリと熱くなる。
「俺と、お前の間にあったもん、全部ナシにして、なんでもねェ顔でいられんのかよ?」




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