光を待つミノタウロス・6

 それからはトシに手ェ出さずにいる、眠れない夜がいくつも過ぎた。
 なんて事ない振りで仕事して、隊士たちに稽古つけたり、今じゃなくてもいい用事をこしらえては、とっつぁん探しに城へ行ってみたり、見知った顔を強引に飲みに誘ってみたり。
 勿論、真っ先には女を抱きに行った。
 これまでにも、どうしてもトシじゃ駄目だってやりきれなかった夜に、俺の敵娼(あいかた)でいてくれている姐さんの、馴染みの肌を抱きながら、いっそこの女を落籍(ひか)せちまうかとも考えた。
 けれど、実際は。女に溺れて忘れられる筈がなく、姐さんの中にトシと似た部分を探しちゃ、勝手に胸を打たれ、違いに苛立ち、目をそむけた。
 女の甘く優しい香りに包まれながらも結局夢中になれずに店を出て、以来、女んとこにはなんだか足が遠のいた。
 しっかりしろと何度も何度も自分に言い聞かせる。眠らねェといい加減、仕事に障りが出ちまう。判っているから夜は酒を飲んだ。
 そんな俺をトシはどう見ているんだか、今は、仕事上の最低限の言葉しか交わさねェ。
 辛いよ。当たり前だ。
 トシは俺の目ェ見ようともあんまりしねェ。用件だけ済ませて、さっと自室へこもっちまう。
 隊士たちの幾人かにも何かあったかとさりげなく探られたが、俺が腐ってアイツがすねてんだと説明できる筈もなく、言葉を濁していた。
 そうして、俺たちの間に流れるぎくしゃくした空気にも、そういうもんだと周囲が慣れだした頃。
 一日の終わりになると、トシは、俺の部屋にその日の最終報告にくる。その習慣は変わっちゃいねェ。以前と違うのは、報告が済み次第、トシが無駄口のひとつも叩かずにさっさと部屋に戻っちまうって事だ。
 トシと俺は今、対外的にゃァ実によく、局長と副長を演じている。
 訳も言わずに距離を置いた俺の不実を責めるでもなく、トシは黙々と仕事をこなす。
 トシの顔色は、悪ィ。目の下には隈がくっきり浮き出ていて、以前なら俺はこんな時、トシのまぶたを覆って、いいからとにかく休めって言ってやれたんだけどな。
 抱く前はどうだっけな。こんな時、考えるより先に手ェ伸ばしてんのが俺だった気はするんだが。
 腕ん中に閉じ込めて、どこにもやれねェって囁きたいのを堪えながら、俺はトシの話を聞いていた。
「報告は以上」
 歯切れよく言葉を切ると、トシは書類をまとめる。その紙を、俺は多少強引に取り上げて脇へ置く。
 何をしやがると上げた顔のきつい目に、ぞくぞくした。
 しおらしくしてるよりゃ、その方がずっといい。俺の、好きな顔だ。
 トシが部屋に戻る気になっちまう前に意識をこっちに向けようと、俺は手当たり次第に言葉をぶつける。
「お前、なんで何にも言ってこねェの? 俺なんざお前の中じゃ、その程度の扱いかよ?」
 からかうような自嘲めいた台詞に、トシが眉を曇らせる。
「人が、っ……! アンタの、アンタは、……」
 怒鳴りつけてェだろうとこをこらえてトシが深呼吸をした。その隙に俺が畳み掛ける。つまんねェ。もっとムキになって俺に突っかかれよ。俺を怒れよ。俺にすがって、泣いてわめいて取り乱せよ。




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