光を待つミノタウロス・5 「近藤さん。俺に飽きたなら、そう、言え。変な情けかけんじゃねェよ」 言って俺を睨みつける目の、凄ェ事。 怒っている。こっちの本心を窺っている。テメーの言葉を否定されたがっている。そのくせどっかで諦めている。怯えてんのと虚勢張ってんの、全部顔にゃ出さねェって飲み込んで、それでも堪えきれずに目だけが火ィ噴いてやがる。 ぎらぎら輝く目玉が潤んでいるのは、涙ぐんでるなんて可愛いもんじゃなくて、気が昂っているせいだと思う。 まったく。……まったく、なんて顔してやがんだ。 そんな顔されちゃ、抱き締めたくなんだろうがよ。 「飽きるもんか。だからこそ言ってんだ」 俺がどんだけ堪えてるかなんて、知らねェだろ。いっそ飽きたんならよかった。飽きて、思い出として自分の胸の奥の乾いた場所に、お前の事を畳んでしまっておけるんならよかった。 もういいやって、お前を思い出にできんのなら、こんな、神経の塊を血みどろのぐちゃぐちゃに焼きゴテで引っ掻き回すみてェな、そんな思いをせずに済んだだろうよ。 「アンタは」 搾り出した声がかすれて、トシは喉を鳴らして生唾を飲むと、深呼吸に大きく肩を揺らして言葉を繋げる。 「アンタは、俺に、……惚れてると思ってた」 「惚れてる。当たり前だろ? でなきゃこんな事言い出すもんか」 今俺が、抱き締めたらどうなんのかな。 押し倒して組み伏せて、髪でも掴んで逃がさねェって唇吸って、舌ァねじ込んで。足ィ割って体挟ませて突き上げて揺さぶってお前だけだって、お前だけが俺をこんなに本気にさせんだって、とっくり囁いてやれりゃいいのに。 もったいねェなァ。 トシの、目の縁が赤い。泣くのかな。泣かせたい訳じゃねェんだけど。こんな事で泣くような男だとも思わねェんだけど。 「意味が判んねェよ。なんだよ。女抱いてこいってか? それとも、他になんか、」 「風呂行ってくら」 言葉の途中で立ち上がった俺に、トシはぐっと息を呑んだ。目ェ見開いて、あァ、やっぱ瞳孔開きかかってんぞって、その目も好きだなって見つめてりゃ、トシは徐々に顔をしかめた。それからゆっくり深呼吸をして、よそを泳いでいた目線を俺に戻した時にゃ、普通の表情を取り戻していた。 「……そうか」 呟くとトシは立ち上がり、黙って隣の部屋へ戻る。俺がとっくに風呂なんざ済ませてるって気付いてるんだろうに。 閉まった襖を見透かすように眺めながら、俺も静かに、詰めていた息を吐いた。 トシの部屋からはライターを使う音と、紫煙の香り。 この仕切り開けて「冗談だ」と、「悪かった、今のはナシだ」とトシに擦り寄りたい。怒ってぶっ飛ばされても、その内、腕を背中に回してもくれんだろう。 馬鹿な未練だ。判ってる。ただこうでもしねェと、距離でも置かねェと、ちょっとやっかいな俺のくすぶった暗闇が、俺ごとトシを飲み込んじまう。 破滅の足音を聞く羽目になる前に。 お前は大事にしなきゃいけねェって、普段の俺にゃ判ってるから、一人でこっそりお前を夢想するくらい、構わねェだろう? 今にも襖なんざぶち破る勢いで「ふざけんな」と、「やっぱり納得いかねェ」とアイツが飛び込んでこねェかともちらりと思ったが、トシが俺の本気に気付かない訳がなく、本気の俺に逆らうなんて事は、ある筈がなかった。 |