光を待つミノタウロス・4

 昼間はわざと忙しく立ち働いた。そうすりゃトシと二人にならねェで済むと、二人にならなきゃまるで、問題なんてなかった事になるって信じてるみてェに。
 夜になり、トシがその日の報告だって現れた時、惜しいな、と思った。
 手放すにゃ、あんまり惜しい。
 俺にゃ飛び切りの上等だ。こんな上物、二度と手に入らねェだろう。
 悔しいなァ。
「近藤さん……」
 報告を終わらせた後、俺が黙って見つめていたら、トシが、膝をさりげなく詰めてきた。トシの体からは湯上りのほのかな香りがして、そんなもん俺だって隊士誰だって同じ石鹸使ってんのに、なんでトシの体から漂うと、こんなに俺をたまらなくさせんだろう。
 トシが俺の頬を撫でてきた手を、そっと握りとめる。
 この手が好きだ。指が長くて節くれだっていて手の平なんて竹刀ダコで硬くなってんの。
 女の、小さくか細い手じゃねェのに俺は、この手が好きだ。努力してきたトシの、正直な手が、好きだ。
「トシ」
 握った手をそのまま口元に持ってくると、俺はトシの指先に唇を押し当て、ちゅ、と軽い音を立てた。
「お前もさ、女、作れよ」
 離したかねェな。そんな事を思いながら言った、俺の言葉の意味を探るようにトシがわずかに眉を寄せる。
「俺ばっか相手にしてんじゃなくてさ。俺は……お前だってそろそろ、身ィ固めてもいいと思うよ?」
 握っていた手は離した。
 トシは怪訝そうに目を細めると、唇を小さく開き、また閉じる。何度かそうして物言いた気に開いた唇からは、深い溜息が漏れた。
「何の話だ?」
 トシが、感情を抑えた低くきしんだ声を出す。
「折角綺麗な顔してんだ。俺なんかといつまでも遊んでねェで、別嬪さんとひとつ二つ、浮名流してみてもいいんじゃねェの」
 俺はといえば、それだけ言うのには多分、普段通りの声が出せたと思う。
 いつもみたいにうまくにこにこ笑えたかは判んねーけど。
「……何言ってんだ?」
 トシの目が怪訝そうに、裏を読むように、鋭い色を浮かべながら俺を見る。
「お前みてェな男には、可愛い女も綺麗な女も、選り取りみどりだろ」
「いらねェ。アンタが何考えてるか知らねェが、俺ァ女にゃ不自由しねェ」
 即座に言い放った、トシの唇が赤い。さっき噛み締めていたせいだ。それとも顔色がやけに白くて、そのせいか?
「その割りにゃねんごろな女ァいねェみてェだな?」
「いねェよ」
「それじゃ折角の男前が持ち腐れじゃねェか。オメーはよ、昔、俺に散々「女と付き合え」って言ってたろ? オメーと、こんな事になってからも」
 顎鬚辺りをざらりと撫でながらトシの顔を窺えば、コイツは片目を眇めるみてェに軽く細めた。
「アンタ……女ができたのか」
「ああ?」
「それで俺にも薦めようってんだろ? 自分だけ女と遊ぶなァそんなに後ろめたいかよ。俺は……アンタに優しくしてくれる女なら文句は言わねェし不満にも思ってねェ。だから別にアンタが誰と遊ぼうが俺の事なんか気にしねェでいいだろって」
 一息で言うと、下らねェと話を断ち切るみてェにトシは煙草に火をつける。
「お前にゃ、完璧でいて欲しいんだよ」
 俺が言うとトシはうろんな目つきでこちらを見た。
「完璧な男の隣にゃ、美人が寄り添ってて欲しいじゃねェの」
「……だから。言ってる意味が判んねェよ」
「判れよ。俺ァお前が完璧なんだってみてんのが好きなんだからよ」
 言葉が下手だと判っちゃいるが、伝わらなさに苛々していると、トシは、すう、と大きく息を吸った。




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