光を待つミノタウロス・11


「近藤さん。コレ、ちょっとまさか……」
 二人して、持ってる着物ん中で一番上等なヤツを着て、俺たちはかぶき町にいた。
 あれから一週間。
 俺の「わがままなお願い」ってのは、誰か一人でいいから俺たちは付き合ってんだと告白する事、だ。
 俺たちみてェな男二人が、ちゃあんと人並みに惚れたはれたで付き合ってんだって、知っていてくれる人を作りたかった。男同士なんてのはおかしいかも知れねェけど、世間にゃ顔向けできなくとも、俺たち二人はこれで幸せなんだって、間違ってるばっかじゃねェよって、こんな俺たちでもちゃんと恋愛してんだよって、胸張れる相手が一人でいい、欲しかったんだ。
 俺が弱気に取り憑かれて足元ふらつかせた時に、しっかりしろと、トシが見てるだろって、トシを幸せにしてェならちゃんとしろってハッパかけてくれるような人が。
 トシには、そういう相手が欲しいとお願いした。
 俺たちの関係を、誰かに、バラしてもいいかと。
 はじめの内こそさすがにためらう素振りをみせたが、最後にゃトシも笑って了承してくれた。
「そいつの前では、俺、アンタに惚れてんだって好きにノロケていいんだろ? なら、悪かねェや」
 その言葉がどこまで本気なのかは判らない。突拍子もねェ事真顔で言い出した俺の気を、トシが軽くしてくれたのは確かだった。
 かぶき町ん中で一番口が堅いなァ誰だって心当たりを片っ端から探して、辿り着いたのが、ここだった。本人にはその日だけは一人でいてくれと頼んである。約束を忘れたり破ったりする相手じゃねェと思うが、さて。
 スナックの上階の、万事屋銀ちゃんの看板を見、トシは窺うように俺に目を向けた。
「アンタ、バラす相手ってまさか……」
 言いながらトシは、何か覚悟を決めるようにぎゅっと自分の手を握り締めている。
 そんなトコも、可愛いし、おかしい。トシ、お前、たまんねーな。お前はそうやって、後どんだけ、俺のする事全部、許そうとするんだろうな。
「おう。ここだ」
 鷹揚に頷いて、俺は一階にあるスナックお登勢の、仕度中の文字にちらりと目をやりながら、扉をくぐった。
「いらっしゃい」
 言ってカウンターの中から迎えてくれたのは、ここの女主人だ。
 よかった。
 今宵一晩貸切だって、トシと二人だ、凝ったメシはいらねェ、だから出入りしている猫耳やロボットの姐さんにゃ休みをやってくれねェかと頼んでおいただけあって、店にゃお登勢さんがちゃんと一人でいてくれた。
「どうした、トシ。座れよ」
「あ、うん」
 未だにどっかから万事屋が現れるとでも思っているのか、落ち着かずに店内へ目を走らせていたトシは、カウンター前のスツールに腰かけた俺の隣にきて座り、早速煙草へ火をつける。
 俺が万事屋を呼ぶ訳がない。確かに銀時ゃいい男だが、自分の中の一番繊細で柔らかな部分をさらすのにゃ、酸いも甘いも噛み分けた、年上の女がいいに決まってら。
 今日の俺ァ、微塵も、照れ隠しだって判ってんでも、誰かに俺とお前をネタにして笑われたかねェんだ。
 それに、俺の気持ちとしちゃアイツにトシの事をのろけんなァ楽しそうだが、それでアイツがトシに色目使い出しても困るし、トシだって普段から妙に張り合うとこがあるような相手にテメーの性癖告白したいとは思えねェ。俺としてもこんなに大事なトコではヤツに、変な借りは作りたくねェ。
 だから銀時の野郎には、勝手に感付かれている部分があったとしても、俺たちの事はやっぱり内緒だ。
 お登勢さんは前もって話していた通り、俺が何も言わずとも、冷酒に、猪口じゃなくて赤い杯を出してくれた。
「トシ。固めの杯といこう。姐さんが証人だ。なァ?」
「好きにおし」
 言って咥えた煙草に火をつける前に、お登勢さんは折角だと改まってくれたんだろう、煙草を灰皿へ載せ、こちらへ向き直る。




小説メニューへ戻る 戻る 続く