光を待つミノタウロス・2

 それでも、俺には時々、女が必要だった。テメーが男だと実感する為に。
 トシはどうなんだろう。
 トシにこそ、女は必要なんじゃねェのか。
 組み敷かれ、俺のいいように腕や足を広げて曲げられ、好きなだけ体を揺さぶられる。それほど華奢で小さいという訳でもないのに、自分より体の大きな男に屈伏させられ抱かれて達する。
 そりゃどれ程の屈辱だろう。
 トシは完璧な男だ。
 線の細い印象そのまま、周囲に細かく気を配れる一方で、剣筋ときたらいっそ総悟より乱暴だ。それでも力の使いどころはちゃあんとしっかりわきまえている。頭がいい。それから、顔もいい。性格の面で言やァちっと頑固なところはあるが、いっつも俺にゃあ折れてくれる。
 俺の下で、俺の後ろで、俺を支え続けてくれる。
 トシが男な事は出会った時から承知済みだ。
 泥や埃で互いに薄汚れちゃいたが、髪を頭の上の方でひとつに結わえて垂らしたトシの姿ってな、今より体ができてねェ分、そりゃあちっとは中性的で、見事に綺麗だった。
 けれどそれは、女の格好させてェ綺麗さじゃなくて、キラキラ光る石っころとか夏の水場の近くの青いもみじだとか、そういう、目を引く、どこかすがしい美しさだった。
 トシが女の着物を着ても、そりゃただの「女の着物を着た男」にしかならねェ。肩幅も喉仏も腰回りも、「背がでかい女」じゃねェ、どうしたって「男」でしかねェ。
 トシの色気ってのはそういうんじゃねェんだ、女のかわりじゃなくて、男だからこそのもんで、つまり。
 トシにゃ、女が似合うんだ。
 俺の周囲でも一、二を争う男前だ、トシの隣に並ぶなァ絶世の美女がいい。
 誰が惚れても納得の、才色兼備で気立てのいい女に限る。
 そう思うのも嘘じゃねェ。けど、トシが。
 トシが女を抱くと考えただけで沸き起こる、この苛立ちは、なんだ。
 嫉妬だとは判っている。大体俺が欲しがりすぎてんだろ。でも、どうしてもお前だけは手放せねェって、考えるのをやめにしていた。
 俺に抱かれて声を殺し、汗でぬめる体をのたうつ、トシの姿が脳裏から離れない。
 その男が女を抱く、それはどんな風だろう。
 俺が知らねェトシだ。
 知りたいと思う。でも、もしそんな事本当にしやがったならあの綺麗なツラァぶっ飛ばしてやりてェって気だってする。お前は俺のもんなのに、勝手に誰かにそんなお前を見せてんじゃねェよって。
 頭ん中めちゃくちゃで、自分が本当はどうしたいんだかも判んねェ。
 いつもならこんな時はとっとと道場行っていいだけ素振りをするんだが、今日は隣のトシに、俺がなにか考え込んでいるだとか、そんな気配すら気付かせたくなかった。
 だから。
 だから俺は布団の中、手を強く握り締める。
 常夜灯だけの暗がりで目を閉じた闇ん中に、俺はトシののけぞる白い喉を思い出す。滑らかな腕を伸ばして俺に巻きつき、顔を寄せるトシをいくらでもすぐ思い出せる。
 その内に俺はまた、トシはいったい、どんな顔で女の口を吸うのかと、栓ない事を考えていた。




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