アネキウスの子・5

 出て行ったまま、トッズはまだ戻ってこない。太陽は既に月にかわって随分が経つ。なにかあったのではないかと不安な気持ちも若干あったが、出て行き方があれだ。彼は自ら望んで戸外にいるんだろう。
 一人きりの寝台で、私は悠々と手足を伸ばす。寝返りだって打ち放題だ。一人で眠るというのがこんなに楽で……物足りないものだとは忘れていた。
 彼の腕の硬さも、囁いてくれる声もない。時々私の肌をかすめるひげの感触も、眠りを誘う彼の鼓動も、なにもなしだ。
 体は確かに疲れている筈だったが、頭の芯が鈍くしこり、目が冴えてしまう。
 こんなことなら性別は、男を選んでおけばよかった。
 そうすれば彼が私に手を出さない理由をあれこれと、思い煩うこともない。
 男になっていれば彼に抱かれて眠るということすらなくなるだろうが、同性同士ならそれが普通だ。自分が男なら、私だってそれくらいのこと、耐えられるだろう。
 男同士になれば、こんな気まずい夜を過ごすことなく、友人として仲良くなれただろうか。
 彼の存在が、私に女性を選ばせた。それは事実だ。だが選択したのは自分の意志だ。そのことが彼に負担をかけていただろうか。
 それとも。
 やはり彼は、私の徴を気にしているのだろうか。
 旅の間中隠してはいたがここにきてからは、隠さなくてもいいという彼の言葉に甘え、布を被らない日も多くなった。
 自分に見えないからといって、気を抜くべきではなかっただろうか。彼の方は私を見るたびに嫌でも徴を目にしていたことだろう。
 そうして徴を見てしまえば、考えずにはいられないだろう。
 私を追うもの。罪人だと手配されているだろう我が身。そうして……徴持ちが増える可能性。
 徴は、血の繋がりとは無縁だ。理性では承知していても、徴持ちの子には徴が出ると期待する迷信も、いまだ根強い。城で、気難しい王子があれほどやさぐれていたのも、そのことに対する重圧だろう。
 トッズは賢い人だ。私が予想もしないようなこともよく知っている。彼が迷信に惑わされるとは思えないが、毎日のように私の額を見ていれば、ふと心が揺らいだとしても仕方がないのかもしれない。
 もしも私に子ができ、その子の額にも徴があったら。
 私の時にはヴァイルという存在があった。私はあくまでも、もう一人の寵愛者だった。王の本命視とされる期待はヴァイルが背負ってくれていた。
 だがもし、私の子に徴があり、その時他に徴持ちが現れなかったら。
 王城は私の存在を思いだし、私の子を探し始めるかもしれない。可能性がないとはいえない。
 その可能性を否定する為に、子を成さない用心に、トッズは私を抱かないのだろうか。
 だとすれば私が先走り、彼の思いを無碍にする訳にはいかないのかもしれない。性別はともかく、穏やかな友人の一人として振る舞うべきなのかもしれない。
 けれど。
 私は彼のすべてを手に入れたい。
 体が結ばれれば、今よりはもう少し、対等になれるのではないかとも思っていた。
 彼にくるまれて眠るだけではなく、私だって彼を抱き、時々トッズをおびやかす、悪い夢から守ってやりたい。
 そう願っていた。
 それは徴持ちとして、身の丈に合わない、分不相応の大それた望みだったのだろうか。
 額の徴ひとつで、人々から異質と位置付けられた私は、安穏とした暮らしを求めてはいけないのだろうか。
 彼との幸せを乞う資格など、……私にはやはり、ないのかもしれない。






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